こんにちは!エデュ・プラニング理科課です。
冬の味覚の王様といえば、海のミルクとも呼ばれる「牡蠣(カキ)」。
プリプリのカキフライにアツアツの牡蠣鍋、カキグラタンも美味しいですよね。
しかし今、私たちの食卓に届くはずだった牡蠣に、非常に悲しい事態が起きています。
特に生産量日本一を誇る広島県では、今シーズンの牡蠣が大量死し、深刻な被害が出ています。
なぜ、豊かな恵みを育んできた瀬戸内海で、これほどまでに深刻な被害が出ているのでしょうか?
1.現場の惨状:
今年の広島湾では、出荷シーズンを控えた秋口、衝撃的な光景が広がっていました。
海中に吊るされた「垂下連(かきつる)」を引き揚げてみると、本来なら力強く口を閉じているはずの牡蠣が、力なく口を開けて死んでいたのです。
広島県農林調査によると、場所によっては養殖している牡蠣の5割から8割、ひどい海域ではなんと、ほぼ全滅という、かつてない規模の被害が確認されています。
2.牡蠣の「夏バテ」とエネルギーの限界:
まず注目すべきは、牡蠣という生物の「代謝」の仕組みです。
①「高水温」による代謝の暴走
魚や貝などの変温動物は、周囲の温度が上がると体内の化学反応(代謝)が活発になります。
2025年は記録的な猛暑により、瀬戸内海の海水温は例年を大きく上回る25℃〜30℃の状態が長期間続きました。
本来、牡蠣にとっての適水温を超えた状態が続くと、人間でいう「激しい運動を24時間強制されている状態」になります。
呼吸数は増え、エネルギーを激しく消費しますが、それに見合うだけの栄養が摂取できなければ、体はボロボロになってしまいます。
② 産卵という名の「命懸けのミッション」
牡蠣は夏に産卵期を迎えます。全エネルギーを次世代(卵や精子)に注ぎ込んだ直後の牡蠣は、いわば「満身創痍」の状態です。
例年であれば、秋の訪れとともに水温が下がり、少しずつ体力を回復させて身を太らせていきます。
しかし、今年は産卵後の最も弱ったタイミングで「高水温」が襲いかかりました。
「エネルギーの消費量 > 摂取量」というマイナスの収支が数週間にわたって続いた結果、
牡蠣たちは回復の機会を失い、餓死に近い状態で力尽きてしまったのです。
3.海を分断する「温度の壁」:
次に、海の中で起きた物理的な変化に目を向けてみましょう。
ここでキーワードとなるのが、地学で学ぶ「成層化(せいそうか)」です。
③ 酸欠を招く「海の二層構造」
水には「温度が高いと軽く、低いと重い」という性質があります。
真夏の強い日差しによって海面の水が極端に温められると、海面付近には「軽くて温かい水の層」、
底の方には「重くて冷たい水の層」ができ、上下の混ざり合いが止まってしまいます。これを「成層化」と呼びます。
海水中の酸素(溶存酸素)は、主に海面から溶け込みます。
通常は波や対流によって酸素が深場まで運ばれますが、成層化が起きると、底の方にいる牡蠣まで酸素が届かなくなります。
さらに、高温で活発になったプランクトンの死骸などが海底で分解される際、大量の酸素が消費されます。
こうして発生した「貧酸素水塊(酸素が極端に少ない水の塊)」が牡蠣の呼吸を止め、致命傷を与えたと考えられます。
4.変化する生態系のバランス:
さらに深刻なのは、目に見えない微生物の影響です。
海水温が高いまま推移すると、本来なら冬に向けて活動が鈍るはずの寄生虫や細菌が、活発なまま海中に留まります。
体力が落ちた牡蠣にとって、これら病原体の活性化は追い打ちとなりました。
また、近年の瀬戸内海では「海の栄養不足(貧栄養化)」も課題となっています。
下水道の整備などにより海が綺麗になりすぎた反面、牡蠣の餌となる植物プランクトンの栄養源(窒素やリン)が不足し、
ただでさえ「痩せやすい環境」になっていたことも、今回の大量死の要因の一つと指摘されています。
今回の大量死は、「高水温」「産卵ストレス」「酸素不足」という、複数の要因が最悪のタイミングで重なったために起きてしまったと言えます。
一見すると、自然の猛威の前に私たちは無力に思えるかもしれません。
しかし、海の中で起きている事象の原因を一つずつ紐解いていくことで、それを防ぐ様々なアプローチが考えられるのです。
例えば、高水温に強い品種の開発や、AIやセンサーを用いた酸素濃度のリアルタイム監視技術の導入、
養殖の棚を吊るす深さを調整するといった対策が可能となります。
「理科」は、教科書や授業の中だけで学習して終わりではなく、私たちの食卓や、地域の産業を守るための強力な武器になります。
知識を知識だけで終わらせず、様々な課題を解決する手段として活用してこそ、本来の理科の力が活かされるのです。
広島の美味しい牡蠣が再び食卓に上ることを心から願っています。